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新聞のサイズはどうやって決まったの?海外はどうなっている?

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私たちの役に立つ多くの情報をぎゅっとつめこんだ新聞。

自宅で新聞を取っている人や、コンビニや駅などで購入し読んでいる人も多いと思いますが、新聞はなぜあの大きさなのか気になったことはありませんか?

 

両手を広げて読まなくてはいけないため、狭い場所ではなかなか読みづらいこともありますよね。

こちらでは、なぜ新聞があのサイズなのか、海外の新聞はどうなっているのかも合わせて説明していきます。

 

新聞のサイズはどうやって決まったの?

一般的に新聞で使われている紙の大きさは、片面でA2サイズ、両手で持つ見開きの状態にするとA1サイズになります。

A2サイズは縦546mm×横406.5mm、A1サイズは縦546mm×横813mmです。

 

この大きさは1890年(明治23年)に、当時の東京朝日新聞がフランスのマリノニ社から高速輪転機(こうそくりんてんき)を輸入し、それに合わせて新聞の大きさが決まったことが由来しています。

輪転機とは印刷機械のひとつで、円筒状(えんとうじょう)の版を用い、円筒形の圧胴(あつどう)によって紙を押しつける形式の印刷機です。

 

印刷速度が早いのが特徴で、1846年に最初の輪転機が作られ、これは1時間に2万部の印刷能力があったと言われています。

新聞は発行部数が大量なため、一度規格化された用紙の大きさを変更するとなると、膨大なコストがかかります。

 

そのため、マリノニ社から輸入した印刷機の規格のまま、現在の用紙の大きさになったのです。

そもそも印刷機は、グーテンベルクがブドウ搾り機をヒントに作ったと言われており、これは木製のものでした。

 

ネジ式でレバーを手前に引き、圧盤を下に下げて圧力をかける構造です。

その後、350年間印刷機の改良が行われることはありませんでしたが、18世紀末にイギリスで初めて総鉄製の印刷機を制作します。

 

しかし、これもまだ手動式であり、1時間に休みなく印刷しても200~300枚くらいの印刷ができる程度でした。

そして、幾度となく改良が行われ、前述のマリノニ社が連続したロール紙に印刷する方法を実用化したあと、大量高速印刷技術は大きく進歩したのです。

 

また、現在の新聞と似たものとして、江戸時代には瓦版と呼ばれるものがあります。

これは木製のものが多く、最古の瓦版は1614~1615年の江戸幕府と豊臣家の合戦を記事にしたものです。

 

新聞が紙になったのは、幕末から明治時代に欧米を真似て作ったものが広まり、新聞という言葉は幕末に作られた造語になります。

また、瓦版は読み上げながら売り歩くため「読売」と呼ばれており、読売新聞の社名の由来はここからきているそうです。

 

海外はどうなっている?

古代ローマ時代では会議や法廷での出来事、市民の誕生・死亡などのニュースを扱う手書きの掲示板「アクタ・ディウルナ」が存在し、紙の新聞として最古のものは中国の「開元雑報」です。

他にもドイツでは、ニュースを記述したビラやパンフレット形式の「フルークブラット」と呼ばれる印刷物が出版されていました。

 

世界中で現在のような新聞と呼ばれる情報を伝えるものが多く生み出され、日本では元治1 年(1864年)、浜田彦蔵という人物がイギリス船入港のたびに得た外国新聞を訳して、月2回木版で 100部程度印刷した「翻訳新聞」と呼ばれるものもあります。

このように海外のことまで伝えようとする人物がいるほど、人々は情報を求めていたのですね。

 

近年、ニュースは新聞だけではなく、ネットでも手軽に見れるようになりました。

紙媒体に比べ、移動中でも気軽に見られることから利用したことのある人も多いと思います。

 

しかし、紙媒体の新聞は記者の綿密な取材によって集められ、それらの情報の事実を検証し、妥当性を確認した上で厳選され、まとめられた情報の質はネットニュースを遥かに凌駕します。

さらには経済紙・地方紙・業界紙・スポーツ紙・学生新聞など、特定の分野に特化した情報をまとめた専門誌は新聞ならではのものです。

 

新聞離れしてしまった方は、これを機会に、改めて読んでみてはいかがでしょうか?

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